UNHCRウクライナ事務所 上級保護官 辻澤明子 職員インタビュー

「ウクライナでは命をつなぐ緊急支援と共に『心のケア』の重要性が高まっています」

公開日 : 2023-03-08

2023年1月時点では、私が赴任しているヴィンニツァはウクライナでは比較的平和な都市です。頻繁にある停電やサイレンが鳴っている時を除けば、普段は戦時下にあるということはそれほど感じません。レストランやカフェも普通に営業し、通りには「日常」の風景があります。

しかし実はその「日常」はウクライナ人の意思表示のひとつでした。ウクライナ人の中には、「ロシア軍による攻撃が続いても、普通に日常生活を続けることがロシアに抵抗の姿勢を示すことになる」と考えている人が少なからずいるのです。

現実にはヴィンニツァでもミサイル攻撃の警告サイレンはしょっちゅう鳴り響いています。やはりこの街も戦時下にあるのです。サイレンは昼夜を問わず鳴ります。1日3,4回鳴ることもあります。サイレンが鳴ると皆、地下の防空壕・防空施設に行って解除されるまで何時間でも避難していなければなりません。

街中にもミサイルは落ちており、昨年7月にUNHCRのヴィンニツァ支所の2キロ以内にミサイルが落ちた際には私自身ミサイル落下の振動を感じました。ヴィンニツァでも危険な状況がいつ起こるかわからない状態です。

そしてそのような中、街の風景からは一見わからなくても、多くのウクライナ人が心に深い傷を負ったまま1日1日必死に生きています。今ここウクライナでは命をつなぐ緊急支援と同時に国内避難民の「心のケア」の重要性が高まっています。


皆様はウクライナ人の「およそ3人に1人」が避難状態にあることをご存じでしょうか。

ウクライナ人の約796万人以上※1がヨーロッパ各国で、そして約591万人以上※2がウクライナ国内で厳しい避難生活を余儀なくされています。皆様もその姿をニュースなどで目にして胸を痛められたのではないでしょうか。

※1:2023年1月10日時点 ※2:2022年12月5日時点

ウクライナ国内におけるUNHCRの援助活動の状況を簡単にお伝えします。

UNHCRがウクライナ国内で担っている援助活動は大きく分けて次の4つです。

1. 緊急援助物資の提供
2. 現金給付支援
3. シェルター支援( 避難所・住居の修復など)
4. 保護支援(子どもや女性、特別な支援が必要な人など弱い立場の人を守るための援助活動)

ウクライナ国内は地域によって状況がかなり異なるため、UNHCRはそれぞれの地域のニーズに合わせて支援を行っています。

実はUNHCRはウクライナ国内で1990年代から継続的に援助活動を行ってきました。今ウクライナに来てみて、UNHCRが長年ウクライナで積み重ねてきた経験とノウハウ、ウクライナ政府、地方自治体、ウクライナのNGOなどの関係者と築いてきた信頼やネットワークが、今回の緊急支援においても大きな強みになっていると感じます。

地図:UNHCRウクライナヴィンニツァ支所の担当地域

私の勤務するUNHCRウクライナ・ヴィンニツァ支所には50名弱の職員がおり、ヴィンニツァ州を始め、ウクライナ中部を中心に計8州でUNHCRの援助活動を行っています。この地域では戦闘の激しい東部や南部から避難してきた国内避難民も多数避難生活を送っています。

ウクライナ政府は人々が戦闘地から避難できるよう、東部ドネツク州からヴィンニツァ州の隣の中部キロヴォフラード州まで臨時の避難用列車を運行していました。現在は南部ヘルソン州から西部フメリニツキー州までの避難用列車を運行しています。多くの国内避難民がその避難用列車を利用して避難しています。

私はヴィンニツァ支所で上級保護官として約10名の「保護支援担当チーム」をとりまとめて8州の保護支援全体に関わっています。保護支援の活動内容は「身分証明の確保や法的支援」「心理社会的支援」「国境モニタリング(モルドバやルーマニアとの国境)」「現金給付支援」など多岐にわたります。

昨今はロシア軍が発電所の破壊を行っているため、UNHCRは発電機を供給しています。電気が無ければ医療も温かい住居も提供できません。寒さが厳しいウクライナでは命を守るためにも電気が必要不可欠です。

また、地元自治体から要望が多いのはオンライン授業で使うPCやタブレット端末です。東部から避難してくる子ども達は避難先の学校に編入する子どももいますが、ちょうどコロナ禍や校舎を急きょ避難所にしたりといった理由で多くの学校が閉鎖された影響もあり、東部の学校に在籍したままオンライン授業を受ける子どもも多いです。

そのような中、今ひときわ重要性が高まっているのが国内避難民に対する「心理社会的支援(心のケア)」です。

破壊的な戦争によるトラウマを乗り越え回復するために、多くの国内避難民が心理社会的支援を必要としています。私自身、地元自治体の職員や国内避難民から心理社会的支援に対する要望を多く受けます。

北部ジトーミル州の被害状況を視察する辻澤職員(手前)

私は折々、国内避難民のカウンセリングに立ち会いますが、トラウマを抱えながら避難生活を続けている避難民に数多く出会います。何週間も地下の防空壕で生活をしなくてはならなかった人、家族がまだ戦闘の激しい東部に残っている人、父親や夫、息子が戦地に行っていて連絡を取るのも難しい人など、本当にいろいろな背景や事情によって避難民は心に深い傷を負って苦しんでいます。

トラウマを抱えた国内避難民に対する心理社会的支援として、UNHCRは国内避難民へのカウンセリングをパートナー団体と連携してウクライナ全域で実施しています。

子どものトラウマも深刻です。ウクライナでは「全く笑顔の無い子ども」にしばしば出会います。笑顔の無い子どもに出会うたび、この子は非常に辛い経験をしてきたのだなと胸が痛みます。そして私はいったいこの子のために何ができるのか、何かしたいという強い思いに駆られます。

UNHCRはトラウマを抱えた子ども達のために、絵を描いたり粘土で物を作ったりするアートセラピーや、犬と触れ合うドッグセラピーなど、子どもの年代ごとに適した心理社会的支援の活動を行っています。

心理面でのサポートはとても難しいです。しかし、例えば子どもは心のケアを目的とした心理社会的支援の活動に参加するうちに少しずつ笑顔を取り戻していきます。その様子を目の当たりにすると本当に嬉しくなります。


緊急援助物資の配布を行う辻澤職員(中央)

ウクライナをとりまく状況は予断を許しません。国内避難民の命と心。UNHCRは引き続きその両方を守り支え続けます。

あらためてウクライナの人の苦しみを思ってくださるお気持ちに御礼申し上げます。

これからも共にウクライナの人々をお支えいただけますなら本当に嬉しく存じます。

UNHCRウクライナ
ヴィンニツァ支所 上級保護官
辻澤 明子

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